関東関根組の現在と組織図|歴代総長と松葉会再編の真相
警察当局が厳重な監視を続ける指定暴力団「関東関根組」。茨城県土浦市に本拠を置く同組織は、戦後の混乱期に東京・浅草で一世を風靡した伝説的愚連隊「関根組」の系譜を受け継ぎ、かつては松葉会の源流にして中核派閥として君臨してきました。しかし、2014年の松葉会分裂劇を経て独立し、2018年には指定暴力団に指定されるなど、近年その勢力図と内部体制は大きな転換点を迎えています。
暴対法の強化や暴力団排除条例の浸透によって組織の衰退や高齢化が加速する2026年現在、関東関根組の勢力人数や組織図、直参幹部の陣容はどうなっているのか。歴代総長の歩みから松葉会との複雑な関係性、茨城県を中心とする拠点のリアルな情勢まで、警察庁の公表データや取材関係者の証言をもとに徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:関東関根組は戦後の「関根組」を源流とし、松葉会からの離脱・再編を経て2018年に指定暴力団となった茨城県土浦市拠点の組織。
- 要点2:小林英彦二代目総長を中心とする体制下で、構成員数は数十人規模へと縮小傾向にあるものの、茨城・千葉・埼玉・東京に直参拠点を維持。
- 要点3:かつて敵対した松葉会とは和解協定を経て関係を修復しており、現在は組織の高齢化対策と警察当局の取り締まりへの対応が最大の課題。
【2026年最新】関東関根組の勢力人数と組織図・直参幹部一覧の実態
警察庁が公表する組織犯罪対策関連の統計資料によると、関東関根組の構成員数は約60〜80人規模、準構成員等を含めても100人台前半で推移しており、指定暴力団全体の中でも地域密着型の小規模団体に分類されます。最盛期と比較すると勢力の縮小傾向は否めませんが、茨城県内においては依然として強い地盤を誇っています。
最高幹部組織である「直参(直系組長)」の体制は、二代目総長・小林英彦(小林組組長)を頂点に、本部長、幹事長、統括委員長などの主要ポストが盤石に固められています。本部事務所が置かれている茨城県土浦市桜町をはじめ、日立市、石岡市、つくば市などの茨城県主要都市に加え、千葉県北西部、埼玉県、東京都下にも傘下の二次・三次団体が点在しています。
| 項目 | 詳細・数値データ | 主要他団体との比較水準 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 本部所在地 | 茨城県土浦市桜町4-10-13 | 都内主要団体は東京・港区や新宿区 | 北関東・茨城県南エリアの繁華街に根を下ろす伝統的拠点 |
| 総員規模(概数) | 構成員:約60〜80人 (準構成員含め約120〜140人) | 六代目山口組(約3,000人以上) 松葉会(約300人規模) | 指定団体中最少クラスだが幹部の結束力と地域防衛意識は強固 |
| 現最高指導者 | 二代目総長:小林英彦 | 松葉会・伊藤央会長と和解関係 | 独立後の組織基盤を安定化させ、他団体との協調路線を推進 |
| 指定暴力団指定 | 2018年(平成30年)4月25日 | 全国で第24番目の指定団体 | 国家公安委員会による指定以降、事務所使用差し止め等の包囲網が進展 |
現在の幹部一覧には、初代大塚総長時代からの重鎮や茨城県下の有力一家を率いる古参組長が名を連ねており、組織体制はピラミッド型の統制を保持しています。一方で、構成員の平均年齢は50代後半から60代に達しており、全国の指定暴力団共通の構造問題である「若手・新加入者の枯渇」に直面しているのが実情です。

松葉会からの離脱・再編の深層|源流「関根賢」から現在に至る歴史
関東関根組の歴史を語る上で欠かせないのが、戦後最大の愚連隊首領と称された関根賢(せきね まさる)の存在です。終戦直後の1945年、焼け野原となった東京・浅草を拠点に関根賢が立ち上げた「関根組」は、露天商(テキヤ)や盛り場を掌握し、最盛期には数千人の配下を抱える巨大勢力へと膨張しました。
GHQによる解散命令を受けて関根組は一度幕を閉じますが、その残党と傘下組織が集結し、1953年に結成されたのが松葉会です。つまり、松葉会にとって関根組は組織の生みの親であり、実質的な母体そのものでした。
しかし、半世紀以上の時を経た2014年(平成26年)、松葉会内部で執行部の人事方針や運営方針をめぐる路線対立が決定的に激化します。茨城に強固な地盤を持つ関根組系勢力は、松葉会六代目体制への反発から組織を離脱。当初は「松葉会関根組」を名乗って正統性を主張しましたが、その後2017年に「関東関根組」へと名称を変更し、完全に独立した単独組織として歩み始めました。
独立当初は松葉会主流派との間で一触即発の緊張状態が続き、各地で小競り合いが報告されました。しかし、警察当局の集中取り締まりや業界関係者の仲介により、現在では親戚関係・友好協定を締結して抗争状態は終結。かつて袂を分かった両団体は、決定的な破滅を避ける形で共存関係を築いています。
歴代総長の系譜と直参幹部|大塚武尊から小林英彦二代目体制へ
関東関根組の歴代総長の系譜は、組織のアイデンティティを守り抜く闘いの歴史でもありました。
初代総長を務めた大塚武尊(大塚成晃)は、松葉会時代から茨城ブロックを統括する実力派として名を馳せた人物です。2014年の離脱劇において中心となって組員をまとめ上げ、松葉会執行部との激しい主導権争いの中で「関根組の看板」を死守しました。大塚初代は、茨城県土浦市に強固な本部拠点を築き上げ、独立組織としての礎を築いた功労者として組織内で絶対的な敬意を集めました。
大塚総長の逝去後、その跡目を継承したのが小林英彦二代目総長です。小林二代目は就任以降、次のような現実的かつ綿密な組織運営を推進してきました。
- 他団体との関係改善:松葉会との公式な和解を果たし、住吉会や稲川会など関東の主要団体との間でも摩擦を避ける親戚付き合いを継続。
- 組織の引き締め:暴対法の厳しい規制下において、無用なトラブルや内部抗争を徹底して抑止する遵法指導の徹底。
- 直参体制の再編:土浦・つくば・水戸・千葉などの拠点組長を直参に据え、地域ごとの結束を再構築。
この二代目体制への移行によって、関東関根組は独立直後の不安定な時期を乗り越え、一本立ちの指定暴力団としての体制を確立することに成功しました。

【実態検証】茨城県土浦市の現場目線で見えた治安と地域住民のリアル
関東関根組の本部事務所が位置する茨城県土浦市桜町は、JR土浦駅西口から徒歩圏内にある北関東有数の歓楽街・風俗街です。ネオンがひしめく繁華街の一角に建つ重厚な本部ビルは、長年にわたり地域の治安問題の象徴として注視されてきました。
現場周辺の商業関係者や地元住民への聞き取りからは、近年における現場の劇的な変化が浮かび上がります。
「以前は組関係者の高級車が横付けされ、黒塗りの車列が威圧感を放っていましたが、指定暴力団になって以降はそうした派手な動きは完全に姿を消しました。警察のパトロールカーが24時間体制で巡回しており、組員が表立って闊歩する姿を見かけることはほとんどありません」(土浦市桜町の飲食店店主の証言)
茨城県公安委員会と茨城県警察は、暴排条例に基づき本部事務所周辺への警戒を強化するとともに、近隣住民らによる「暴力追放推進センター」を通じた事務所使用差し止め請求などの法的手続きを支援してきました。かつてのように組事務所が街に威圧感を与える時代は終わりを告げ、組織は警察の監視網の中で極めて静かに息を潜めているのが現場の実態です。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|抗争の噂と資金源の実像
インターネット上の掲示板やSNSでは、関東関根組に関してセンセーショナルな噂や誤った情報が飛び交うことがあります。ここでは取材データに基づき、代表的な誤解の真相を検証します。
誤解1:「松葉会との全面戦争が再燃する危険がある」という噂
ネット上では現在も松葉会との対立関係が強調されるケースが見られますが、これは明らかな事実誤認です。離脱直後の2014〜2015年頃には緊張状態が存在したものの、両組織の最高幹部間での話し合いにより正式な手打ち・親戚縁組が行われています。限られた人員と厳しい法規制の中で共倒れを避けるため、現在の関係は平穏に保たれています。
誤解2:「強大な地下資金源を独占している」という幻想
昭和から平成初期にかけては、歓楽街のみかじめ料や建設・興行関係が組織の潤沢な資金源(シノギ)となっていました。しかし、暴力団排除条例の厳罰化により、企業や飲食店が暴力団へ利益供与することは完全に遮断されています。銀行口座の開設や不動産契約すら禁じられている現在、末端組員の困窮化は深刻であり、一部で噂されるような「巨額の裏資金」を組織的に運用できる状況にはありません。

【プロの結論】組織犯罪社会学から読み解く地方ヤクザの存続リスクと今後の行方
犯罪社会学および警察行政の視点から関東関根組の将来性を分析すると、同組織は「制度的孤立」と「自然消滅へのカウントダウン」という極めて過酷な構造的現実に直面しています。
日本の暴力団対策は、1992年の暴対法施行から始まり、2010年代の暴排条例全国整備を経て、現在では「組員であること自体が社会生活を不可能にする」レベルまで到達しました。この包囲網は、大都市の大規模団体以上に、地方都市に拠点を置く中小団体へ壊滅的な打撃を与えています。
若者のヤクザ離れにより新規加入者は事実上ゼロに近く、後継者不足と幹部の老齢化が進む中で、組織を物理的に維持すること自体が限界に近づいています。今後数年から10年のスパンで見れば、関東関根組をはじめとする地方独立指定団体は、さらなる他団体への合流・再編か、あるいは組織の自然解散・活動停止という二者択一を迫られる可能性が極めて高いと結論づけられます。
一般社会においては、「ヤクザの看板」に頼る時代が完全に終わったことを認識し、暴力団関係者との接触やグレーな取引を一切遮断するコンプライアンスの徹底が引き続き求められています。
【関東 関根 組】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関東関根組の本部は現在どこにありますか?
A1:茨城県土浦市桜町4丁目に本部事務所が設置されています。ただし、警察当局による監視体制が常時敷かれており、暴力団排除運動の高まりとともに活動は大幅に制限されています。
Q2:松葉会とは現在どのような関係ですか?
A2:2014年の分裂・離脱当初は対立状態にありましたが、その後の話し合いと業界関係者の仲介により正式に和解が成立しました。現在は敵対関係ではなく、互いの縄張りを尊重する親戚・友好団体としての関係を維持しています。
Q3:関東関根組の構成員数はどれくらいですか?
A3:警察庁の統計によると、構成員は約60〜80人、準構成員等を含めても約120〜140人規模とされています。暴対法や暴排条例の強化により、年々減少傾向が続いています。
Q4:なぜ「指定暴力団」に指定されたのですか?
A4:松葉会から完全に独立した単独組織となり、一定以上の構成員数と威力を用いた資金獲得活動の蓋然性、構成員の犯罪経歴保有率などが暴力団対策法に定める要件に合致したため、2018年4月に茨城県公安委員会から指定暴力団に指定されました。
まとめ:激動の再編を経た関東関根組の行方と社会が直視すべき現実
戦後の浅草に生まれた関根賢の愚連隊から始まり、松葉会の結成、そして平成の独立再編劇を経て指定暴力団となった関東関根組。その足跡は、日本のヤクザ社会がたどった栄枯盛衰の縮図そのものです。
二代目・小林英彦総長のもとで茨城県南エリアを中心とする組織網を維持しているものの、暴排条例の徹底と構成員の高齢化により、かつてのような威勢を取り戻すことは構造的に不可能です。警察当局による徹底した取り締まりと地域社会の暴力排除の取り組みが進む中、地方ヤクザ組織がどのように幕を引いていくのか、今後の動向が引き続き注視されています。 (出典: 関東 関根 組(Yahoo!ニュース))